親鸞会 1月24日(日)テレビ座談会

今回は、『歎異抄をひらく』の2部1章の内容を通してお聞かせ頂きました。

各地の様子や、知らされたことなど、皆さんのコメントをお待ちしています。

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Comments (4)

 

  1. S.H. より:

    今回のご縁で知らされたことは、正しい教学の大切さです。それは、

     「念仏もうさん」と思い立つ心のおこるとき

    は、信一念の体験であり、二種深信(真実信心)がたった時と聞かせて頂いたからです。この大事なところを、自他共に認める親鸞研究の第一人者が「一度の念仏をとなえたとき」と誤りました。

     この御文を正しく理解できるのは、高森先生のご教導(正しい教学)によるしかないと、あらためて知らされました。

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  2. 群馬1号 より:

    未来のことは信ずるより仕方がない中、死んでから
    のことが今ハッキリする信心を教えていただきました。

    哲学者が絶対矛盾的と言うのですから、誰も理解でき
    ない、想像すらつかない信心であることが分かります。

    その二種深信を明らかに教えていただき、とても幸せ
    でした。

    二種深信を明らかに説かれたのが「教行信証」であり、
    二種深信で歎異抄をひらいていくとお聞きしました。

    不思議な信心ですが、これが分からなければ親鸞聖人
    の教えは理解できません。

    徹底して聞かせていただきます。

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  3. emi より:

    「『弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり』
    と信じて」
    の「信じて」は、世間一般で使われている「信じる」とは、
    全く違うと教えていただきました。

    「明日の天気は晴れだと信ずる」と言う時、
    実際は、晴れないかもしれない……という疑いがある。
    ハッキリしている昨日の天気について、
    「昨日は雨だと信ずる」とは言いません。
    「昨日は雨だったと知っている」と言います。

    親鸞聖人の言われる「信じて」は、
    「疑いの心」がある信心ではなく、
    「真知」
    「明知」
    「深信」
    といわれる、ツユチリの疑いなくハッキリ知らされた、
    という意味だとお聞きしました。

    「信じて」の真意を知らなければ、
    『歎異抄』は最初から、全く分からないでしょう。
    『歎異抄をひらく』が、
    『歎異抄』解説書の決定版といわれる所以を
    またまた知らされました。

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  4. ラピン より:

    世間一般に使われる「信じる」と、仏教でいう「信じる」が本質的に異なることを知らなければ、「歎異抄」は冒頭から読めないと思いました。

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