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1月16日(土)は、午後からテレビ座談会が設けられました。
国内外合わせて400箇所以上の場所で、同時に、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただきました。
皆さんのコメントをお待ちしています。
>> 親鸞会 1月16日(土)テレビ座談会
こんばんは★
kittyです★
感動は語り尽くせないのでございますが、
一言になりと、、、と
ブログに書かせて頂いたので
遊びにきてね (^o^)/~~
→http://親鸞会.jp/2010/01/220116-tv-mitoori-no-nenbutu/
布施も心がけが大事なのだと知らされました。
先回のテレビ座談会では宿善について、今回は3通りの念仏について教えて頂きました。1月3日の初聞法会の時、久しぶりにお会いした教学に詳しいある方に、一つの質問をしました。それは、 「阿弥陀如来の救いはただ今の一念ですが、その一念の救いに値うまでは時間がかかるという理解でよろしいでしょうか」というものでした。その質問に、先生がお答え下さっているとしか私には思えません。 「頂くことばかり考えている」「与えることだけ考えればよい」「法施は何千万円渡すよりも相手のためになる」とお聞きしました。親鸞聖人の教えを正しく学んでお伝えする。そのことだけを考えたいと思います。
仏教で一番重視するのは心、と繰り返し教えて頂き ました。
いつも聞かせて頂いていることですが、心を置き去り にし、見せかけ・言い方などの表面だけを良くして、 自分は正せているといい気になってはいないか、 反省せずにおれません。
善をするのは当たり前のこと。
どんな心でしているのか、その心をよく見つめ、問題 にしていかねばなりません。
常に布施のことを考えると幸せになれる、 逆に取ることばかり考えると不幸になるとお聞きしま した。
周りを見ても、布施する人は恵まれ、布施の心がない 人は苦しんでいます。布施の精神の有無で、運命が 大きく変わることが知らされます。
親鸞学徒は、探さずともいくらでも布施させて頂ける 有難い環境にあります。
この大きなチャンスを無駄にせず、常に与えることだ けを考え、実践していきたいと思います。
叱る
と
怒る
は違うんですね。 怒るは自分の感情のまま腹をたてているのですが、 相手のことを思って言いにくいことを言ってくれている。 だから、どんなこわい顔してても、叱るのは良いこと。
心が大事なんですね。
布施は幸せになる素晴らしい種蒔きだと言うことを、詳しく教えて頂き感動しました! 心掛け次第で、どれだけでもできるのが布施だということが、改めて知らされました。 光に向かって進ませて頂きます。
布施について詳しく教えていただき、 心からの布施行がどれだけできていたか、 とても恥ずかしく、申し訳なく思いました。
与えることだけを考えればいい、 と教えていただきました。
相手の喜ばれることを考え、心から 実行することがいかに難しいかと 知らされます。
しかし、人生の目的に向かって 一刻たりともおろそかにできない、 一歩でも半歩でも進ませていただかねば ならない、と大きな大きなエネルギーを 賜りました。頑張ります!!
親鸞聖人が、念仏に3通りあると教えられたのは、 もとは、あくまでも阿弥陀仏の本願にあることを 教えていただきました。 それを釈尊もお経に説かれ、親鸞聖人もご教示くださいました。
万行随一の念仏……19願……観無量寿経 万行超過の念仏……20願……阿弥陀経 自然法爾の念仏……18願……大無量寿経
という関係です。 念仏に、こんな違いがあるなんて、ほとんどの人は知られないでしょう。 しかし、『歎異抄』には、「念仏」という言葉が20箇所も出てきます。 それらの念仏がどの念仏か、分からないから、数ある解説書が、よく分からない本になってしまう。当然の帰結でしょう。 この違いを峻別されて書かれた『歎異抄をひらく』で、 ハッキリ教えていただける親鸞学徒の身の幸を、 またまた感じました。
与えることだけを考えていればいいと教えて頂きました。 布施した人が恵まれるのは、理屈じゃない、とも 教えて頂きます。 やはり、心を一番重視する仏教ならでは、ですね。
寝ても覚めても、人間に生まれてきた目的に向かって、 努力しなければならない。 余裕のある人は、いない。
こうお聞きしたことが、特に、心に残っています。
オリンピックで、優勝するためでさえ、例えば、競輪の 選手なら、4年間、雨の日も風の日も、自転車に乗って、 通勤する人もあり、四六時中、頭について離れないのは、 オリンピックのことだ、と。
当然、日常生活そのものが、オリンピック中心になります。
まして、人間に生まれたきた目的を果たすために、 どれほどの努力をしているか。
生活のままが、光に向かっての日々になるよう、 一層、聞法精進したいと思います。
こんにちは! ブログポータルに初コメです☆
布施のお話は、聞かせていただくと 心底元気がわいてきます。 友達とも座談会のあと、 「すっごい元気が出てきたよね!」と 話していました♪
末代の宝を施すことができるなんて、本当に幸せです。 正しく仏法をお伝えできるよう、 正確により深く教えを学んでいきたいと思います!
私は「あなたに何を与えられるか」ばかり考えて生きたい。 そう思いました。
「言辞施」について、 優しい言葉をかけること、ばかりと思っていましたが……
「叱る」のも、 〝よくなってもらいたい〟と相手のためを思ってのことですから、 表面的な言葉は厳しくても、 言辞施であることを初めて知りました。
叱る時は、表情も厳しいですが、 それもまた「和顔悦色施(和顔愛語)」なのですね。
大事なのは「心」だと、何度も教えていただきました。
与えることだけを考える。心がけていきたいです。
人にどれだけお金や物をあげても、「一代でおしまい」。 それと比較し、法は「末代の宝」とお聞きしました。 本当にスゴイお話でした。 一言も仏法を聞けずに一生を終わる人が居る、いや、そんな人がほとんどだ。そう思うと、如何に自分が恵まれているかが知らされ、そしてまた「伝えたい!」と奮起せずにおれませんでした!
ここは誰でもコメントできるのですね。素晴らしいご縁ですね。
布施を心がければ、自ずと知らされてくる自己の姿があります。
やれば分かることでも、やらねば観念の遊戯に終わるだけ。
迷った心で迷った心を見つめても、正しい見解に達するはずもなし。空回りするばかりです。
善の勧めを否定する人たちの、知らされたと言う「自己」はどんなものか。聞いていると、うら悲しくなります。
よき知識に会うことも、よく聞くこともまた難し……。
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本当の親鸞聖人の教えを、正確に、速やかに、一人でも多くの人にお伝えするための集まり、これが浄土真宗親鸞会です。
浄土真宗は、明治以降に急速に廃れ、現在に至っています。 葬式仏教、法事仏教といわれ、正しい親鸞聖人の教えは、今日、まったく伝えられていないのが現状です。
そこで、現在会長の高森顕徹(たかもり・けんてつ)先生が、2、3の同志とともに昭和33年(1958年)に結成されたのが、浄土真宗親鸞会です。
どうすれば本当の親鸞聖人の教えを多くの方々に知っていただけるか。 親鸞会結成の目的は、ただこのこと一つであり、他には何もありません。
現在、富山県射水市の親鸞会館では、毎月、法話や教学講義が設けられています。また、全国各地で、法話や勉強会が設けられております。
詳しい日程をお知りになりたい方は、下記にお問い合わせ下さい。
E-mail:info@shinrankai.or.jp
>> 親鸞会館へのアクセス:お問い合わせ
1月16日(土)は、午後からテレビ座談会が設けられました。 国内外合わせて400箇所以上の場所で、同時に、親鸞聖人...
1月27日は、午後にテレビ座談会が設けられ、国内外に配信されました。 親鸞聖人が教えられた三通りの念仏について、質...
1月3日(日)は、富山県射水市の親鸞会館で、初聞法会がありました。 親鸞聖人の書かれた正信偈の一節、 ...
こんばんは★
kittyです★
感動は語り尽くせないのでございますが、
一言になりと、、、と
ブログに書かせて頂いたので
遊びにきてね (^o^)/~~
→http://親鸞会.jp/2010/01/220116-tv-mitoori-no-nenbutu/
布施も心がけが大事なのだと知らされました。
先回のテレビ座談会では宿善について、今回は3通りの念仏について教えて頂きました。1月3日の初聞法会の時、久しぶりにお会いした教学に詳しいある方に、一つの質問をしました。それは、
「阿弥陀如来の救いはただ今の一念ですが、その一念の救いに値うまでは時間がかかるという理解でよろしいでしょうか」というものでした。その質問に、先生がお答え下さっているとしか私には思えません。
「頂くことばかり考えている」「与えることだけ考えればよい」「法施は何千万円渡すよりも相手のためになる」とお聞きしました。親鸞聖人の教えを正しく学んでお伝えする。そのことだけを考えたいと思います。
仏教で一番重視するのは心、と繰り返し教えて頂き
ました。
いつも聞かせて頂いていることですが、心を置き去り
にし、見せかけ・言い方などの表面だけを良くして、
自分は正せているといい気になってはいないか、
反省せずにおれません。
善をするのは当たり前のこと。
どんな心でしているのか、その心をよく見つめ、問題
にしていかねばなりません。
常に布施のことを考えると幸せになれる、
逆に取ることばかり考えると不幸になるとお聞きしま
した。
周りを見ても、布施する人は恵まれ、布施の心がない
人は苦しんでいます。布施の精神の有無で、運命が
大きく変わることが知らされます。
親鸞学徒は、探さずともいくらでも布施させて頂ける
有難い環境にあります。
この大きなチャンスを無駄にせず、常に与えることだ
けを考え、実践していきたいと思います。
叱る
と
怒る
は違うんですね。
怒るは自分の感情のまま腹をたてているのですが、
相手のことを思って言いにくいことを言ってくれている。
だから、どんなこわい顔してても、叱るのは良いこと。
心が大事なんですね。
布施は幸せになる素晴らしい種蒔きだと言うことを、詳しく教えて頂き感動しました!
心掛け次第で、どれだけでもできるのが布施だということが、改めて知らされました。
光に向かって進ませて頂きます。
布施について詳しく教えていただき、
心からの布施行がどれだけできていたか、
とても恥ずかしく、申し訳なく思いました。
与えることだけを考えればいい、
と教えていただきました。
相手の喜ばれることを考え、心から
実行することがいかに難しいかと
知らされます。
しかし、人生の目的に向かって
一刻たりともおろそかにできない、
一歩でも半歩でも進ませていただかねば
ならない、と大きな大きなエネルギーを
賜りました。頑張ります!!
親鸞聖人が、念仏に3通りあると教えられたのは、
もとは、あくまでも阿弥陀仏の本願にあることを
教えていただきました。
それを釈尊もお経に説かれ、親鸞聖人もご教示くださいました。
万行随一の念仏……19願……観無量寿経
万行超過の念仏……20願……阿弥陀経
自然法爾の念仏……18願……大無量寿経
という関係です。
念仏に、こんな違いがあるなんて、ほとんどの人は知られないでしょう。
しかし、『歎異抄』には、「念仏」という言葉が20箇所も出てきます。
それらの念仏がどの念仏か、分からないから、数ある解説書が、よく分からない本になってしまう。当然の帰結でしょう。
この違いを峻別されて書かれた『歎異抄をひらく』で、
ハッキリ教えていただける親鸞学徒の身の幸を、
またまた感じました。
与えることだけを考えていればいいと教えて頂きました。
布施した人が恵まれるのは、理屈じゃない、とも
教えて頂きます。
やはり、心を一番重視する仏教ならでは、ですね。
寝ても覚めても、人間に生まれてきた目的に向かって、
努力しなければならない。
余裕のある人は、いない。
こうお聞きしたことが、特に、心に残っています。
オリンピックで、優勝するためでさえ、例えば、競輪の
選手なら、4年間、雨の日も風の日も、自転車に乗って、
通勤する人もあり、四六時中、頭について離れないのは、
オリンピックのことだ、と。
当然、日常生活そのものが、オリンピック中心になります。
まして、人間に生まれたきた目的を果たすために、
どれほどの努力をしているか。
生活のままが、光に向かっての日々になるよう、
一層、聞法精進したいと思います。
こんにちは!
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布施のお話は、聞かせていただくと 心底元気がわいてきます。
友達とも座談会のあと、 「すっごい元気が出てきたよね!」と
話していました♪
末代の宝を施すことができるなんて、本当に幸せです。
正しく仏法をお伝えできるよう、
正確により深く教えを学んでいきたいと思います!
私は「あなたに何を与えられるか」ばかり考えて生きたい。
そう思いました。
「言辞施」について、
優しい言葉をかけること、ばかりと思っていましたが……
「叱る」のも、
〝よくなってもらいたい〟と相手のためを思ってのことですから、
表面的な言葉は厳しくても、
言辞施であることを初めて知りました。
叱る時は、表情も厳しいですが、
それもまた「和顔悦色施(和顔愛語)」なのですね。
大事なのは「心」だと、何度も教えていただきました。
与えることだけを考える。心がけていきたいです。
人にどれだけお金や物をあげても、「一代でおしまい」。
それと比較し、法は「末代の宝」とお聞きしました。
本当にスゴイお話でした。
一言も仏法を聞けずに一生を終わる人が居る、いや、そんな人がほとんどだ。そう思うと、如何に自分が恵まれているかが知らされ、そしてまた「伝えたい!」と奮起せずにおれませんでした!
ここは誰でもコメントできるのですね。素晴らしいご縁ですね。
布施を心がければ、自ずと知らされてくる自己の姿があります。
やれば分かることでも、やらねば観念の遊戯に終わるだけ。
迷った心で迷った心を見つめても、正しい見解に達するはずもなし。空回りするばかりです。
善の勧めを否定する人たちの、知らされたと言う「自己」はどんなものか。聞いていると、うら悲しくなります。
よき知識に会うことも、よく聞くこともまた難し……。