【北海道】弥陀に救われた喜び☆ (親鸞会ブログ)
のど自慢で鐘が3つ鳴ったときの喜びや高校野球で優勝した喜びは飛び上がって喜んでいますが。。。 相対的なものであり、しばらくの間の喜びです。それと。弥陀に救われた喜びとは、全く違うことを教えて頂きました…
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テレビ座談会に参詣して「なぜ生きる」について教えて頂きました。参加者の声を聞いてみましょう。 ・私達は100%の煩悩具足の凡夫であると阿弥陀仏がお見抜きで仰言っているとお聞きしました。 ・煩悩具足の凡夫 煩悩100%でできている人間、阿弥陀仏はそういう私達と見抜かれて本願を建てられている、と聞かせて
のど自慢で鐘が3つ鳴ったときの喜びや高校野球で優勝した喜びは飛び上がって喜んでいますが。。。 相対的なものであり、しばらくの間の喜びです。それと。弥陀に救われた喜びとは、全く違うことを教えて頂きました…
阿弥陀仏さえ、我々を助けるのに絶対方便がいると、19願・20願を建てられました。もし方便のいらない弥陀の救いならば、方便を説かれた釈迦の教え、七千余巻のお経はいらなかったということです。お釈迦様の説いたことは皆、無駄事だった、ということになってしまいます。親鸞聖人はお釈迦様の教えを『要門』とか『仮門
宍道湖。何と読むでしょうか。「しんじこ」です。夕日が綺麗で有名な宍道湖を通り、昨日は、松江市でテレビ座談会を開催、「弥陀の救いと煩悩の関係」について教えて頂きました。感動です。
昨日は富山県の親鸞会館で、高森顕徹先生の2000畳座談会が行われました。阿弥陀仏が自らの意のままに、“すべての人を、絶対の幸福にしてみせる”と誓われたのが、18願(真)です。しかし真実のカケラもない私たちは疑うに決まっている。そんなすべての人を、いかに絶対の幸福に助けるか。阿弥陀仏が考えられ、すべて
昨日は、富山県射水市にある親鸞会館で、高森顕徹先生の二千畳座談会がありました。はじめに親鸞聖人の、「釈迦弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり」 というお言葉について教えていただきました。全ての人が生きている目的は、無上の信心を発起するため。無上の信心とは、無
富山県射水市の親鸞会館の二千畳で座談会が行われ、参詣しました。 参加者の感想を紹介しましょう。 ・・・・・・ ・「願海に就きて真有り仮有り」 三願の中に真と仮があるとハッキリ教えられたのは親鸞聖人だけである、と聞かせて頂きました。また三願の関係を教えて頂きよく分かりました。…
先日は、高森顕徹先生から、テレビ座談会のご縁を頂きました。 私は京都の家族と共に聞かせて頂き、大変有難いご縁でした ~~~~~ 今の人生を満喫できれば、苦しみやさびしさをごまかす努力は、いりません。(「なぜ生きる」より) ~~~~ 人生の目的を知らず、苦しみや、さびしさをごまかす努力を続けている人が
今日は岩見沢市文化センターで、高森顕徹先生の“テレビ座談会”を聞かせて頂きました☆ “人間の5願”というのがあります。 ●いつも三月花の頃 ●お前十八わしゃ二十 ●死なぬ子三人みな孝行 ●使っても減らぬ金百万円 ●死んでも命のあるように さて、一つだけかなえてもらえるとしたら?…
昨日は 世界を舞台に “テレビ座談会”が開かれました (^o^)/~~ 『歎異抄をひらく』について高森顕徹先生から聞かせていただきましたね ★★★ インドネシアのジャカルタでは 初開催 ★★★ 仕事で赴いている親鸞学徒の皆さん 「まさかジャカルタで親鸞聖人のみ教えを高森顕徹先生のお話を 聞かせていた
小学生の頃は、真夏の炎天下、半そで半ズボンで真っ黒になってサッカーをして遊んでいましたが、今は5分ともちません。あぁ、体力つけないと、と思う今日この頃です。19時半ごろ夕食を済ませて、今、この記事を打ち込んでました。今晩は、豪華に(?)、トマトチキンカレーでした。(実家から送られてきたレトルトカレー
御縁のあった方の声の一部を皆さんに紹介しましょう。・・・・・・・・・・ ・「人生の目的」と聞けば、「人生の生き甲斐・趣味・目標」のように思います。そのような「人生の生き甲斐・趣味・目標」とは、全く異なるのが人生の目的だということを伝えなければならないと思いました。仏教の専門的な言葉で言えば、「真(し