親鸞会講師 岩田翔平 講師

 
「浄土真宗親鸞会の講師ってどんな人?」と題して貴重な親鸞会の講師の情報をシリーズでお届けしています。  

今回は、親鸞会の岩田翔平講師です。  

なぜ親鸞会の講師になったのか

外交官になるため、大阪大学法学部で国際関係法を学んだ。

講師に転じて約2年、関西の青年への親鸞聖人の教え徹底に専心する。

中学・高校では野球部に所属。こよなく野球を愛する。もちろん、阪神ファン。

『三国志』の英雄に憧れ、日本を救う外交官を目指す。しかし、「死んだらどうなる」の暗い心が人生を覆う

 関西国際空港に近い、大阪府の和泉市に生を受けました。

厳格な父と優しい母に、姉と妹とともに、何不自由なく育てられました。

 両親はどちらも数学の教師でしたが、私は数学が苦手で、好きな教科は社会、世界史、日本史でした。

特に、吉川英治の『三国志』は、小学生の頃から繰り返し読み、

昔の英雄豪傑の生き方に憧れ、こういう人生を送りたいと夢みておりました。


祖母の死と骨壷

 ところが小学生の時、祖母の死を縁に、ふと自分が今死んだらどうなるんだろうと、真剣に考えたことがありました。

火葬場で、生まれて初めて見た白骨、優しかった祖母の体が、小さな骨壷に入ってしまったのを見て、

何とも言えぬ寂しさ、不安を感じたのです。

「死んだらどうなるのか」

「この肉体は灰になるんだろうけど、そのあと、この私自身はどうなるんだろう……」

突き詰めて考えると、暗い心に身震いしました。

結局、最後は死んでいくのならば、一切がむなしく、つまらなく思えました。

 

 しかし、真剣に考えたのはその日だけで、暗い心を抱えながらも、いつ死んでも悔いなきように生きようと考え直し、

そこからは、やはり歴史に名を残す何かがしたいと考えるようになりました。

男に生まれたからには、大きなことを成し遂げたい。

壮大な夢を求めていこうと決意したのです。

 時代はバブル崩壊、ジャパンバッシングといわれ、日本が世界中からたたかれていた時です。

小学生の私は、大変なショックを受けました。

「日本はなぜ、こんなに世界からいじめられているのか。それは外交が弱いからだ。

 そうだ、将来は外交官になって世界中を駆け巡ろう。日本を強い国にするんだ」

と、『三国志』を読んで膨らんだ夢に向かって、努力しようと思ったのです。


生きる目的は仕事じゃない

 しかし、現実はそんなに甘くはありませんでした。

 高校時代は野球に明け暮れ、3年の時には大学受験に失敗、

1年間浪人しても志望校に落ち、挫折を味わいましたが、気を取り直して後期試験に合格し、

平成14年、大阪大学法学部に入学しました。

 さあ、これから自分の夢に向かって頑張るぞ、と思っていた矢先、親鸞聖人のみ教えと出遇ったのです。

 「本当に充実した人生を送るのに大事なのは、人生の目的をハッキリさせることだ」

と聞きましたが、

自分には「外交官」という目的があると思っていた私は、今一つピンときませんでした。

 しかし、「人生の目的とは、自分のやりたい仕事ではないかもしれない、もっと大事なことではないのか」と思い、

続けて聞かずにおれなかったのです。

 

 そんなある日、苦悩の根元は、「死んだらどうなるか分からない心」=「無明の闇」であると聞き、衝撃が走りました。

 小学生の時に悩んで封印した記憶がよみがえり、

「『死んだらどうなるのか』と考えた時の暗い心が、私の人生をむなしさに染めている。

そうだ、そのとおりだ」と魂が叫んでいたのです。

 そして、その年の6月の降誕会で、初めて高森先生にお会いすることができました。

「無明の闇を破するゆえ 智慧光仏となづけたり

 一切諸仏三乗衆 ともに嘆誉したまえり」 (親鸞聖人)

 阿弥陀仏によって無明の闇を破っていただき、往生一定になることが人生の目的とお聞きし、

「これだ、これこそ人生を懸けるべき教えだ」と心が定まりました。

親鸞会講師部員として、むなしさ抱えて生きている全人類に、親鸞聖人のみ教えをお伝えしたいと思います。