親鸞会講師 椿 修子講師

「浄土真宗親鸞会の講師ってどんな人?」と題して、貴重な親鸞会の講師の情報をシリーズでお届けしています。

今回は、親鸞会の椿 修子講師です。

スポーツ全国大会、東大合格もゴールではない

流転輪廻の人生が
   光輝満つ航海に

埼玉県上尾市に生を受けました。優しい両親の元、保育園の頃は、野原や川で

バッタ取りやザリガニ釣りをする子供でした。

小学校に上がっても、日が沈むまで遊ぶ楽しい毎日でしたが、

マラソンが嫌いで、冬のマラソン大会が近づくと、憂鬱な気分になっていました。

4年生までは、いちばん遅い10人の中にいたのです。

 ところが、5年から担任になった先生の指導で、毎日少しずつ走ることから始まり、

その年のマラソン大会では、トップ10に入ったのです。

「なせば成る」、苦手なことも、小さな種まきの積み重ねで克服できる、と体感しました。

 6年生では、陸上クラブの部長を務め、冬の時期は毎週、各地のマラソン大会に出場。

埼玉県菖蒲町(現・久喜市の一部)のマラソン大会で、初めて金メダルを取り、

うれしくて泣いたことを、今でも覚えています。

 

 「努力すれば向上できる」という信念と同時に、私がマラソンから感じたのは、

どこまで走っても本当のゴールがないことでした。

一つの大会が終わると、来週の大会に向けて走りだす。

ライバルに競り勝っても、次の大会で競り負ける。

どこまで走っても、走り続ける苦しみは終わりませんでした。

 中学校では、バドミントンに明け暮れました。地道な種まきの結果、

市の大会では常に優勝し、注目される喜びに浸りました。

しかし、県大会に行くと、大差で負け、その相手も次の試合で大敗してしまうのです。

中学校3年間、これ一つ打ち込んだバドミントンも、上には上がいて、

関東、全国、世界大会と考えると、私の市内大会優勝は一体、

どれほどのものかと思わずにおれませんでした。


円形トラック もう1周

高校では、「いちばんの苦労を求めれば、大きな喜びが得られるのではないか」と思い、

最も厳しいといわれるボート部に入りました。

練習がつらい分、やりがいがあり、全国大会まで行きましたが、

ボート部を引退した時には、

「苦しいトレーニングをようやく終えられる」という気持ちしかありませんでした。

そして大学受験、先生から「東大に行けるよ」と言われたことがきっかけで、

朝から晩まで勉強した結果、平成18年の春、東京大学に入学しました。

 

大変だった受験も終わり、「次は何をしよう」と考えた時、

ふと、「もう1周するだけなのかな」と思ったのです。

小学校で始めたマラソンの1周目が終わると、中学のバドミントンが2周目、

高校のボートが3周目、これからの大学生活が4周目、

次は仕事、次は結婚、次は、次はと手を変え品を替え、

目新しいものを求めているだけで、

目的を知らず、ゴールのない円形トラックを走っているのではないかと感じたのです。

「努力は素晴らしい」と、小学校のマラソンの経験で信念を得ても、

努力して進む先はどこか、頑張って勉強して、働いて、

生きる目的は何なのか、人生の目的が分からない、

真っ暗な行き先にぶち当たったのです。

 


一切の苦労が報われる

そんな時、「人生の目的、関心ありますか」と声をかけてくる人がありました。

それが、親鸞聖人のみ教えとの出遇いだったのです。

 

「難思の弘誓は

 難度の海を度する大船」

苦しみの人生を、明るく渡す大きな船がある。

 

「無碍の光明は 無明の闇を破する慧日なり」

人生の目的は、後生暗い心を破り、

いつ死んでも悔いなしの後生明るい身になることである。

 

親鸞聖人の力強い断言に、続けて聞かずにおれませんでした。

ゴールのない流転輪廻の人生が、目的に向かって生きる人生へと

大きく変わったのです。

その人生の目的を達成すれば、苦しみも、悲しみも、一切が報われる。

すべての人が絶対に知らなければならない、

達成しなければならない目的だと知らされたのです。

この人生の目的を、我も信じ、人にもお伝えする親鸞学徒として

生き抜きたいと、心は定まりました。

 

生きる目的が分からずに苦しみ悩むすべての人に、

親鸞聖人のみ教えをお伝えしたいと思います。