癒し方5つの方法 教えます(孤独編)仏教の処方箋をあなたに

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あなたは孤独ですか」と聞かれて「はい、孤独です」と答える人はあまりないと思いますが、そもそも「孤独じゃない人間なんていない」というのが本当のところではないでしょうか。 
ただその孤独をうまく紛らわせる人と、そうでない人がいるかもしれません。  
しかし、できればそんな孤独から根本的に解放されたいもの。 

今回は、世の中にある「孤独を癒やす5つの方法」と、孤独を解決する仏教の処方箋を、まとめてみました。 



第1の方法 犯罪的癒やし(おススメできません)

第1の方法は、万引きなどで孤独を紛らわせるという方法。  
言うまでもなくこれは犯罪ですからおススメできませんが、かつて青少年の犯罪と思われていた万引きが、昨今は特に中高年に増えています。  
そしてその背景にあると指摘されているのが高齢者の孤独です。  

平成26年の『犯罪白書』によれば、65歳以上の一般刑法犯は、他の年齢層を抑えてトップとなり、20年前の約4倍に急増。 
内容は、万引き、暴行、詐欺、ストーカーなど多岐にわたりますが、特徴は、老齢になって初めて犯罪に手をそめる「初犯」の人が目立つという点です。 
それまで真面目に生きてきた人が、なぜ人生の晩年に犯罪者となるのでしょうか。  

高齢者犯罪の実態をリポートした『老人たちの裏社会』(新郷由起著)の中で、あるNPO法人の理事長は、こう指摘しています。
「既婚者でも、すでに子どもは独立し、皆それぞれが勝手に過ごしている。 
表面的には労ってもらえているようでも、心の中では馬鹿にされ、軽視し、邪険にされている事実に気付いているのです。 

日々の生活のなかで、注目も関心も持たれない自分。 
ましてや褒められたり敬われることもない。これまでは仕事で紛れていたけれども、誰にも大事にされていない自分をいよいよ自覚して、その寂しさや心の空洞を埋めるべく、偶像化した相手に一気にしがみついてしまう。 

根底にあるのは『俺の寂しさ、哀しさを何とかしろ!』といった意識です。 加害者は皆、孤独です」 

  (『老人たちの裏社会』著:新郷由起 宝島社)

たとえ家族がいても、精神的に孤独な高齢者は、おそらく日本中にたくさんいらっしゃるでしょう。  

第2の方法 快楽的癒やし(依存症)

孤独を紛らわせる第2の方法は、快楽による癒やしですが、これも依存症といわれるものになると、おススメできません。 
昨今、有名人の覚せい剤事件が話題となっています。 
薬物依存症になると、なかなか抜け出せないといわれます(抜け出せないから依存症なわけですが)。 
薬物依存と聞くと、さぞ本人は気持ちいいのだろう、と思いますが、実はそうでもないそうです。事情通の人に聞いたところ、このように教えてくれました。 

「最初は強烈な快感が得られるが、その快感は短い時間で消えてしまう。 
そこで快感を求めて、また使うが、ほんのしばらくの快感で終わる。 
この快感と喪失を繰り返すうちに、耐性ができてくる。 
身体が慣れてしまい、薬物を使っても、もはや快感が得られなくなってしまう。 
それならやめればよいのだが、やめられない。 
激しい渇望感で、薬物が欲しくてたまらなくなる。 
そして、覚醒剤を使うが全く快感が得られない。 
快感が得られないのに使いたいという思いだけがつのる。」

これが「依存症の正体」だそうです。 
使ったことはありませんが、この心の道程はすごくよく分かる、と思ったのは筆者だけでしょうか。 

仏教に「渇愛の法則」といわれるものがあります。 
喉のかわいた人が、海で海水を飲むと、一時的には癒やされるが、さらに喉が渇いて、もっと海水を飲まずにいられなくなるように、私たちの欲望は、満たせば一時は満足するが、しばらくするとまた満足できなくなって、もっと欲するようになる、というお釈迦様の教えです。 

薬物だけでなく、アルコール依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症、買い物依存症など、いろいろありますが、お釈迦様が仏教を説かれて2600年、私たちは今も孤独を紛らわせるために、ガブガブと塩水を飲み、渇き続けているのではないでしょうか。 

孤独を癒やすのに快楽を満たすという方法は強烈ですが、一瞬で消え去る運命は免れません。  

第3の方法 承認欲求を満たす(他人による癒やし)


寂しくて犯罪や依存症に走ってしまうのは「承認欲求の欠如」が原因になっていることが非常に多いと思います。 
あなたの周りには、あなたの存在を認めてくれる人がいますか。 
必要としてくれる人がいますか。ほめてくれる人がいますか。 
「誰からも必要とされない私」「迷惑をかけているだけ」「生きていても仕方ない」。 
もし、こんな感情を抱かれている方があれば、これは本当にきついと思います。 

必ずしも、この承認欲求は「おひとりさま」だから満たされない、家族がいれば満たされる、とは限らないようです。 
知人からこんな話を聞きました。 
町内で時々自死によって亡くなった方のお葬式にいくが、高齢で自死されるのは、ほとんどが家族と同居されていた方ばかり、と。 

以前、一人暮らしのお年寄りと同居のお年寄りの「生活満足度調査」を見たことがありますが、そこでも一人暮らしのお年寄りのほうが、生活満足度が高い、という結果でした。 
意外な感じがしましたが、「承認欲求」という観点でみれば、同居のお年寄りのほうがむしろ肩身の狭い思いをすることが多く、承認欲求が満たされにくいのかもしれません。 

もし自分を待っていてくれる人、認めてくれる人、ほめてくれる人が周りにいれば、幸せな気持ちに包まれますが、承認欲求を満たす難しさは、それが待ちの姿勢のアプローチという点でしょう。 

周りに自分を認めてくれる人、ほめてくれる人、大事にしてくれる人がいない場合、そんな人を見つけよう!といっても、そう簡単には見つけられないのが現実でしょう。 

第4の方法 貢献感(利他的行動による癒やし)

たとえ自分の周りに承認欲求を満たしてくれる人がいなくても、実は孤独を癒やす方法があります。 
それが「貢献感」といわれるものです。 

ベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著・ダイヤモンド社)のアドラー心理学でも、この「貢献感」を説いていますが、自分自身が「貢献している」と実感すると、他人から承認されていると感じるのと同じような効果をもたらす、といわれます。 

これは仏教の立場からみても、うなずける話だと思います。 
仏教に「自利利他(じりりた)」という言葉があります。 

「自利(じり)」とは「自分が幸せになること」。 
「利他(りた)」とは「他人を幸せにすること」。 
そして「自利利他」とは「利他のままが自利になる」「他人を幸せにするままが、自分の幸せになる」ということを教えられた言葉です。 

例えば、仏教で教えられる六つの善(六度万行・ろくどまんぎょう)の1つにあげられるのが「布施(親切)」ですが、他人に親切する(貢献する)ままが自分の喜びになるのです。 
これは実践すれば、誰でもすぐに実感し、確認することができますから、ぜひ実践してみていただきたいと思います。 

昔から「施しは生きる力の元」とも言われます。 
施し(利他の行い)に努める人は、生きる喜びや元気が湧いてくる、ということを教えられた言葉です。 

「自利利他」の仏教精神は、孤独をも癒やす力をもっているのですね。  

第5の方法 魂の孤独から解き放たれる、究極の方法

これまでの4つは、孤独を癒やす(紛らわせる)方法でしたが、第5のアプローチは、孤独の根本解決といえる方法です。 

私たちには、どのように配慮してもなくならない寂しさ、「孤独」というものがあります。 
その孤独とは、隣に連れ合いがいても感じるもの。 

永遠の愛を誓った夫婦でも、ケンカもしないほど気が合い共感できるパートナーでも、心の深い部分まで分かり合うことはできない、魂の孤独のことです。 
ここから先はどうにも相いれぬ、というものが必ずある。 

どんな人でも心の奥底に秘密の蔵を持っている」と仏教では説かれています。 

そんな人間の実相をお釈迦様は、 
「独生独死 独去独来(どくしょうどくし どっこどくらい)」
(独り生まれ、独り死に、独り去り、独り来る)

と説かれています。 
私たちは、この世に独りで生まれ、独りで死んでいく。独り来て、独り去ってゆく。 
最初から最後まで、独りぼっちの旅をしているのだと説かれています。どれだけ顔が似ている双子でも、心は各人、別の世界に生きています。 


だから「肉体の連れはあっても、魂の連れがない」といわれます。 
「私はいつも、素のままの自分を出して何でも言っている」という人もありますが、そんな人も脚色したり、隠したりしている。 
「ここから先は……」と線引きして、言えるところまで言っているだけではないでしょうか。 

もし心の中を何もかもぶちまけたら、 
「おまえ……そんなこと思っていたの?」 
「あきれた……」 
と皆、絶句して逃げ出すかもしれません。 

そんな誰にも言えない心を抱えて皆、魂は孤独に震えているのではないでしょうか。 
その私の心を全て打ち明けて、完全に誰かに理解してもらえたら、どれほど心が安らぐことでしょうか。 
自分の弱さ、醜悪さも引っくるめて、全て受け入れてくださる方があれば……、人は真に救われるに違いありません。 

昨年大ヒットした「ムズキュン」恋愛ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」も、そんな救いが物語の底流をなしていました。 
主人公のみくりをはじめ、「逃げ恥」の登場人物は皆、自分の弱さや負い目のために関係をこじらせ、落ち込んだり苦しんだり、空回りしてばかりいます。 
しかし最終話、「ダメなところがいいんだよ」という、あの温かいメッセージで、みくりの心もドラマを見ている視聴者の心も全てを温かく包みこんでくれました。(ああ、だから「火曜日のハグ」はキスでも恋人つなぎでもなく、ハグじゃないとだめなんだ、と感動した一人です) 

自分の弱さ、醜悪さも引っくるめて、全て受け入れてくださる方があれば、私たちは真に孤独から解放されるでしょう。 

実は仏教には、遠い過去から抱えてきたその心の重荷を、丸ごとすべて受け入れられ、魂の孤独から完全に解き放たれる世界が教えられています。

以上が孤独を癒やす5つの方法です。あなたはどの方法を選びますか。 



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