高度経済成長と本当の幸せ ~驚きから大事な視点が生まれる

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●モノの豊かさと、私たちの幸せの関係について漢字四字で教えられたお釈迦様のお言葉などを紹介します。  

こんにちは、浄土真宗親鸞会旅夫です。 
元気にお過ごしでしょうか?  

今日は、高度経済成長と本当の幸せ ~驚きから大事な視点が生まれる」についてお話ししたいと思います。  

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高度経済成長による驚くべき進歩



60歳以上の方なら、皆、日本の高度経済成長期をご存じでしょう。  

日本経済が飛躍的に成長を遂げた時期は、1954年から1973年までの約19年間といわれます。  

戦後の復興に向け、日本経済は、世界に例がないほどの高度成長を遂げます。  

大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(第29回日本アカデミー賞において13部門の内12部門で最優秀賞を獲得)は、まさにこの高度経済成長の時期を描いています。  

人々の生活スタイルは大きく変わりました。  

三種の神器」という言葉も、もてはやされましたね。  

テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三つ。  

これら電化製品が家庭に急速に広まっていきました。  

一般の人たちでも自動車購入に手が届くようになり、それに伴い、主要都市を結ぶ高速道路が開通。  

さらに拍車をかけたのが、1964年の東京でオリンピックです。開催に向け、さまざまな整備が急ピッチで進められました。  

・上下水道 
・首都高速 
・東海道新幹線 


などなど。  

特に新幹線の開通により、それまで6時間半かかっていた東京-大阪間は4時間にまで短縮されました。

レジャー”という言葉が定着したのもこの頃でしたね。  

今は貧しくても、夢を求めて頑張ろうと汗水流して働き続け、次々と欲しかったものを手にしたのです。  

結果、  

当時の日本の実質経済成長率は年平均10%を超え、欧米の2~4倍にもなったというのですから大変なものです。  

そして今日、

東京ー大阪間は、2時間35分までになりました。  

新幹線開通前から比べると2倍以上の速さです。  

携帯電話どころか、スマホを持つのは当たり前の時代。 
インターネットによって世界が繋がり、パソコンは普及し、スカイプというものを使えば、国際テレビ電話が無料で使えるようになりました。  

さて、問題はここからです。

このような飛躍的進歩を遂げ、人々は幸せになったのか。  

幸福感は高まったでしょうか?  

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モノが豊かになり、その先にあったものは……



飛躍的な経済成長、科学・医学の進歩を遂げた私たちですが、これらのおかげで、2倍以上とまではいかなくても、確実に幸せになったでしょうか。  

心から「イエス」といえる人がどれだけあるでしょう。  

「ウィキペディア」には、「現代病」について、こう書かれてあります。  

特に多く問題となっている現代病はストレスを原因とした病気であり、うつ病や機能性胃腸症などが存在する。 
アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症などのアレルギー性疾患は近年になって急増し、日本人口の1/3が罹患しているともいわれている。 
他には現代では生活の様々な場面がIT化された事により増加している眼精疲労やテクノストレスなどといった現代病が問題となっている。  



「もっと便利になれば、モノが豊かになれば幸せになれる」と多くの人が信じ、猛烈に頑張ってきたわけですが、たどりついた場所は、理想の地とはほど遠かったようです。  

「これは報われる苦労と呼べるのだろうか」と、多方面で指摘されるところです。  

せっかく多くのものを手にしながら、「貧しかったけど、あのころの方がよかった」という回顧主義が生まれ、当時を描いた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を観ては、当時を懐かしむ。  

『ALWAYS 三丁目の夕日』のポスターには、  

「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」

と書かれてあります。  

作家の中野孝次氏は胸の内を、こう語っています。  

思えば日本人は、過去三十年の高度経済成長のあいだに、幸福とは心の中以外にないのだという、その一番肝心なところを見失って、物欲の充足が幸福への道であるかのように思い誤ってきた。  

日本人がこの時期くらい、やれ財テクだ、やれ車だ、テレビだ、ブランド品だと、物と金の獲得に狂奔した時は、歴史上でも珍しかったのではないか。  

だが、それもバブルがはじめてあとの不況の十年のあいだに、物なぞいくら持っても心の満足は得られぬことを、多くの人がわが体験に照らして認めざるを得なかった。 欲望を満たすことが幸福への道ではなかったのである。  

(文藝春秋9月臨時増刊号『新幸福論 ほんとうの幸せとは?』平成13年発刊 文藝春秋)


もちろん、科学の進歩が悪いわけではありません。 
利便の恩恵を多く受けていることは間違いないことです。 
ですが、それは人生の幸福とは違うようです。  

「モノのあることは、根本的な人生の幸せとは別物である」  

これは実に驚くべきことであり、貴重で偉大な実験結果ともいえましょう。  

じゃあ、ものを減らして貧しくなれば幸せになれるかというと、もちろんそうではないですよね。  

大変難しい問題ですが、実はこのことはとうの昔から教えられていたのです。  

お釈迦さまは、漢字四字で、すでにこう教えておられた



今から約2600年前、インドで活躍されたお釈迦さまは「有無同然(うむどうぜん)」と説かれました。  

有無同然 | 有無、同じく然(しか)り (『大無量寿経』)


有れば有るで苦しみ 無ければ無いで苦しむ

これが人間の実相だと、わずか漢字四字で喝破されています。  

モノがない時は、モノがあれば幸せになれると思い、手にいれるまでの辛抱と額に汗して働く。 
ところがモノを得ると、維持管理が大変だったり、得たモノを減らさないように神経をすりへらしたり、スピード時代についていけずにストレスが増加したりと、また苦しむ。  

ほとんどの人が、ほとんどの時間、モノを増やそう増やそうと躍起になっているのに、この「有無同然」の現実は、まことに驚くべきことです。  

この驚きから「なんのために生きているのか」「本当の幸せとは何か」という最も大事な問いが生まれてきます。 まず、この「驚き」を持つことが大事なのですね。

「人間に生まれてよかった」といえる幸福。  

「このために生まれてきた」といえる幸せ。


そんな幸せは科学の進歩の先にはなさそうです。 
視点を変え、改めて「本当の幸せとは何か」を考えることが大切でしょう。  

お釈迦さまは、モノのあるなしとは別のところに、私たちが苦しむ真因を明らかにされ、本当の幸福を教えていかれました。

そのことについて、これからお話ししていきたいと思います。  





(情報提供 浄土真宗親鸞会の講師 旅夫)浄土真宗親鸞会とは?→お知りになりたい方は、ここをクリック





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