人工知能(AI)と共存する時代、人間の人間たる所以

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最近、何かと話題の「人工知能(AI・エーアイ)」。  

今後、介護の現場でも、ケアプランの立案などで、活用される動きが出ているようです。  
あなたは、「人工知能」の開発を、歓迎されますか。  
それとも、別の考えをお持ちでしょうか(^^)  

一緒に考えてみたいと思います。  

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人工知能と共存する時代、人間の人間たる所以



こんにちは。浄土真宗親鸞会キティです。  

先日のNHKおはよう日本」で、 「人工知能が人間に取って代わる時代が来るのか?」と問題提起されていました。  

アメリカのIBMが開発した人工知能・ワトソンは、 言語を理解し、学習する技術を得意としており、 膨大なデータを瞬時に読み込む高い能力を備え、1秒間に8億ページ分の文字を 読むことができるそうです。  

IBMのコマーシャル動画では、ワトソンの多彩な能力を、次のように紹介しています。  

“私は4,000以上の白血病の論文を1秒もかからずに読めます”  
“私はたった数週間で新しい言葉が話せます”  
“私は日々制定される膨大な法令も公布翌日には熟知しています”  
“私は過去20年の財務報告書のすべてを把握しています”  
“私は症状が出る前に病気を特定できます”  
“私は婉曲表現や難しい比喩も理解できます”  
“私はネットで話題になる前に売れる商品がわかります”  
“私は22億カ所の天気を同時に予測することができます”  
“私はあなたとともに成長できます”


日本の保険業界では、難しい保険の審査には、10年以上の経験が必要といわれます。  
審査の件数は、年間200万、膨大な作業は社員2000人体制で行われていますが、 ここに「人工知能」を導入する動きが始まっているそうです。  

このような状況を知りますと、 
「近い将来、人工知能が、人間に取って代わるのでは…」という気持ちにも、なりますね。  

そんな不安の声に対しては、 人工知能から導き出された結果や解決策が正しいかどうか、従うかどうかを「検証」して「決定」するのは、あくまでも人間であること、 IBMの担当者も 「人工知能は、人間を置き換えるのではなく、あくまでも、人間を支援する存在だ」と話している、と報じられていました。  

つまり、「最終判断は、あくまでも、人間が下す」ということでしょう。  

しかし、それは、これから先も、ずっと、そうだと、断言できることでしょうか。  

やがて 人間の仕事は なくなる?



今年3月に放映された、 NHKの人気番組「クローズアップ現代」は 「“仕事がない世界”がやってくる!?」がテーマでした。  

研究機関の試算によると、  

20年以内に、日本の労働人口の49%の仕事が、「機械」に置き換えられると予測されているそうです。  

それは、 人工知能の開発をはじめとする科学技術の進歩や、インターネットの普及によって もたらされる状況で、  

「ホームページのデザインをする人工知能」や「手書きの文字を代筆してくれるロボット」など、これまで人間にしかできないと思われてきた仕事も、機械に置き換わろうとしている、と警鐘されていました。  

やがて、「人間が 働かなくても よい世界」に なるかもしれませんね。  

『銀河鉄道999』が示唆していた!?



「働かなくてもいい?それでは困る。生活できなくなるから」と思われるでしょうが、 「働かなくても生活は保証されている」としたら、どうでしょう。  

アニメ『銀河鉄道999』(作・松本零士)の第59話で、 主人公の鉄郎が、すべてがオートマチック化された星へ行く場面がありました。  

この星では、すべての仕事を機械が行い、人間は何もしなくても生活できるように保証されているので、どんどん怠け者になり、肥満になり、ついには、自分の太り過ぎた体で、家を破壊してしまいます。  

しかし、壊れた家も、自分が働いてお金を稼いで建て直さそうとしなくても、機械が全部ちゃんとしてくれるので、怠け者から脱することができない—-。  

そんなストーリーでした。  

経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏のユニークな予測とは



経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏(1883~1946)は、 「100年後、人類は歴史上初めて、余暇をどう楽しむか 悩むようになる」 (「孫の世代の経済的可能性」)と、ユニークな予測をしていたそうです。  

仕事のすべてが機械に置き換えられたなら、 もほや「余暇」という表現は合わないのでしょうが、確かに、この予測は当たっているかもしれません。  

仕事を失ってしばらくの間は、「余暇」を趣味に使い、楽しむことができるのでしょうが、 やがて「余暇をどう楽しむか 悩む」を、通り越して、 もはや「余暇」を楽しめなくなり、何もすることがなくなり、それでも生きねばならない……という悲劇、  

その一例を、上記の『銀河鉄道999』第59話は示しているのでしょう。  

「生きてよし、死んでよし」と満足できる人生



「人間は万物の霊長」とか「人命は地球より重い」などと語られますけれども、 「人間の生きる意味」「人間の人間たる所以」は、どこにあるのでしょう。

あなたは どう思われますか。  

室町時代の禅僧・一休は、  

人生は、食て寝て起きて糞たれて、子は親となる子は親となる」と歌いました。  

人生が、この繰り返しだけで終わるなら、犬や猫などの動物とも、本質的には、変わらないようです。  

なぜ、牛や豚に生まれず、鳥や蝶にも生まれず、人間に生まれてきたのか。  

人間に生まれたのは、これひとつのためであった」  
これひとつ果たせば、いつ死んでも悔いなし」  
生きてよし、死んでよし」といえる、人間に生まれた本当の目的を、正確に把握することが、  

“人工知能の活用と共存を真剣に考えるべき時が来た”といわれる今、最も大切なことでは ないでしょうか。

「人間」も「機械(人工知能など)」も、ともに活かされる道が、ここに、ありそうですね。

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情報提供 浄土真宗親鸞会キティ

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