清水富美加さんに何があった?(前編) そもそも出家って何?

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女優の清水富美加(しみず ふみか)さん(22)が「幸福の科学」に「出家(しゅっけ)」という発表に驚いた方も多いと思います。(家出・いえで・ではありません)  

清水富美加さんに何があったのか」と話題になっていますが、問題をこじらせている原因の一つに「出家」という言葉の定義がありそうです。 というのも「幸福の科学」でいう「出家」は、世間一般(仏教)の「出家」とは、ずいぶん意味合いが違うようだからです。  

そもそも「出家」とはどういうことをいうのでしょう。 今回は「出家」をキーワードに掘り下げてみました。

清水富美加さんは 
「家を出て仏門に入った」わけではない

NHKの朝ドラまれ』でヒロインの同級生・蔵本一子役を演じて一躍人気者となり、テレビのバラエティや映画、CMでも活躍していた女優の清水富美加さんが、突然「出家」を発表し、騒然となりました。
いろいろな議論がなされていますが、どうも「出家」という言葉が一人歩きしていることに懸念を抱かざるをえません。そもそも「幸福の科学」でいうところの「出家」とは何を意味するのでしょうか。 それについて、J-CASTニュースに、分かりやすく解説されていましたので、紹介します。
宗教団体「幸福の科学」に「出家」したと発表した女優の清水富美加さん(22)は、これからどんな「出家」生活を送るのか。  

過去に、様々な宗教での「出家」が報じられた著名人は、これまでの環境を離れて生活を送ることが多く、主要な辞書でも、「出家」は「家を出て仏門に入ること」だと説明されている。  

ただ、幸福の科学は、教団職員を「出家者」と位置付けており、「出家生活」は「社会と隔離された集団生活ではない」と説明。 広く知られている「出家」のイメージとは異なっている。(J-CASTニュースより) (参照 http://news.infoseek.co.jp/article/20170213jcast20172290494/?p=1)


この説明によると、私たちがイメージする「出家」とは、ずいぶん異なることが分かります。

仏教でいう「出家」とは?

仏教でいう「出家」とは、辞書にあるように、世俗の生活を離れ、仏門に入ることです。 一般の人がイメージする「出家」も、ほぼ同じでしょう。  

ここでいう「世俗の生活」とは「欲にまみれた生活」というと、分かりやすいかと思います。 私たちは毎日、欲の心に振り回され悩まされています。  

仏教では、私たちを煩わせ悩ませるものを「煩悩(ぼんのう)」といい、一人一人に108の煩悩がある、と教えられますが、その筆頭に挙げられるのがです。 仏教では代表的な欲を五つあげて「五欲」と説かれています。  

まず1つは「食欲」。  

おいしいものが食べたい飲みたい、次は何を食べようか?といつも考えている心です。 「食べ物の恨みはコワイ」といわれるように、何かのことで、食べる予定が食べられなくなった時、許し難い気持ちでイライラしてくるのは、それほど食欲が強いからでしょう。  

2つ目が「財欲」です。  


金が欲しい、物が欲しいという心です。 株を持っている人が、その変動に一喜一憂するのも、財欲のため。 遺産相続のトラブルで、家族や親戚同士、骨肉相食む争いをするのも、財欲が引き起こす悲劇です。  

3つ目が「色欲」。  

異性を求める心です。
若者だけでなく、高齢者施設でも、男女のトラブルはつきものといわれます。
年を重ねても色欲から逃れることはできません。
求めすぎて「ストーカー事件」となる悲劇まであります。


4つ目が「名誉欲」。  

努力を認めてほしい、評価してもらいたい、陰口を言われたくないという心です。
大勢の前で注意され、プライドを傷つけられたら一生忘れられないのも、それだけ私たちの名誉欲が強いからです。
頭がいい、きれいだ、思いやりがあると褒められると元気になるのは、名誉欲が満たされるからでしょう。


5つ目が「睡眠欲」。  

いつまでも寝ておりたい、少しでも楽できる方法を選ぼうとする心です。  

振り返って、私たちの1日はどうでしょう。 朝、目覚まし時計が鳴っても、なかなか起きられないのは、睡眠欲が旺盛だからです。

それでも頑張って起き上がるのは、おなかがすいて朝ご飯を食べたいという食欲です。

体がつらくても、人間関係が面倒でも、会社に出掛けて行くのは、仕事しなかったら給料がもらえない、生活できないと、財欲に動かされてのことでしょう。

鏡の前で髪の毛をバシッと決め、丁寧に化粧したり、身仕度を整えるのは名誉欲の表れです。

異性を意識してのことならば、色欲ともいえるでしょう。



朝の一場面だけを見ても、いかに五欲に振り回されているかが分かります。これら五欲と無関係でいられる時が、一瞬でもあるでしょうか。

このような煩悩が欲の他にもあと107つあると教えられているのですから、大変です。

出家して仏門に入るということは、そんな煩悩を離れて、さとりを得たいと求める気持ちと行動の表れということが、理解できます。

仏道修行は、ものすごく大変

時々、サラリーマンが研修でお寺に行って座禅を組んだり、寒い冬に滝に打たれたりしているニュースが報道されることがありますが、あれは遊びとして、実際の仏道修行とは、どんなものでしょうか。  

    
(琵琶湖から見た比叡山 Rock.jazz.cafe)


比叡山天台宗には、今日でも「千日回峰行」といわれる荒行があります。
まず12年間は、結界の中で修行し、山から下りてはならないという厳しい不文律があるといわれます。  

真夜中の0時前に起床して、山上山下の行者道を30キロ歩くのです。この間、堂塔伽藍や山王七社、霊石、霊水など約300カ所で所定の修行をします。  

むろん、雨風雪、病気になってもやめることはできません。もし途中で挫折した時は持参の短刀で自害するのが山の掟になっているといいます。  

初めの3年間は、毎年100日、次の2年間は、毎年200日、その翌年は100日、最後は200日間、休まず修行しなければならず、とりわけ大変なのが、最後の年に100日続ける「大回り」です。山を下りて、京都の修学院から一乗寺、平安神宮、祇園と1日84キロを、17、8時間で回る命がけの苦行です。  

幕末から今日まで、やり遂げた人は十数人という、文字どおり命懸けの修行ですが、しかもなお、さとりには程遠い初歩の段階といわれます。  

ダルマさんのモデルになった、かの中国のダルマ大師も「面壁九年(めんぺきくねん)」といわれ、壁に向かって9年間、座禅を続けたため、手足が腐って切断したと伝えられます。  



それでも仏のさとりには遠く及ばなかったといいますから、煩悩を断ち切り、さとりをひらくことは、いかに大変なことか分かります。 

仏教を求めるには、出家しないといけないのか?

浄土真宗を開かれた親鸞聖人も、9歳から29歳まで20年間、比叡山で修行をされた方でした。 ところが、その親鸞聖人が明らかにされた「浄土真宗」には「出家」という形はありません。  

それどころか、親鸞聖人ご自身が「私は僧侶ではない」と述べられています。一体なぜでしょう。何があったのでしょうか。 

そこには、日々煩悩に悩まされている私たちが、誰でも本当の幸せになれる、あっと驚く「答え」がありました。  

詳しくは次回の記事を、お読みください。  

清水富美加さんに何があった?(後編)浄土真宗に「出家」がない理由
女優・清水富美加(しみず ふみか)さん(22)の「出家(しゅっけ)」(家出・いえで・ではありません)騒動は、多分に「出家」という言葉の混乱が...



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